記事:金大中拉致事件

金大中拉致事件
中日新聞 2007年10月25日 朝刊

【ソウル=福田要】韓国政府の「過去事件の真相究明委員会」が二十四日公表した金大中事件をめぐる調査報告書。これまで確認されてこなかった同事件のポイントは、当時の情報機関・韓国中央情報部(KCIA)による組織的犯行の裏付けや殺害意図、当時の最高権力者だった朴正熙(パク・チョンヒ)大統領による事前指示の有無だった。報告書の内容を基に、これらの三つの謎がどこまで解明できたのかを検証した。
■KCIAの関与 命令受け27人が犯行

 当時の李厚洛(イ・フラク)KCIA部長は健康が悪化し、究明委の調査に応じられなかったが、KCIA要員だった十一人から聴取した結果、李部長の指示を受けて二十七人が犯行に及んだことを確認。同時にこうした事実を隠そうと韓国政府が実施した組織的な隠ぺい工作を暴いた。

 事件直後、拉致にかかわったKCIA要員を一斉に帰国させ日本側の捜査を妨害したほか、韓国政府が組織した「特別捜査本部」をKCIAが統制。日本からの金大中氏の身柄引き渡し要請は捜査が未終結という理由で拒否した。拉致された金大中氏を大阪から釜山へひそかに運んだ工作船竜金(ヨングム)号の船員にも“口止め料”として二百万−三百万ウォン(二十五万−三十七万円)の特別報奨金が支払われていた事実も確認した。

 事件発生の翌月にあった記者会見で「拉致事件とは絶対に無関係」と全否定した李部長は十四年後の一九八七年、韓国メディアとのインタビューで事件へのKCIAの関与を認めたが、これを知った韓国政府が秘密漏えいなどに対する司法的な措置をちらつかせて李部長に対して圧力をかけていたことも分かった。
■殺害計画の有無 実弾入り拳銃も用意

 当初どんな拉致計画が練られていたのか。この点について関係者は調査に対し、日本の暴力団を利用して拉致した後、体の自由を奪った状態で韓国へ移送する案と、暴力団に暗殺させる案の二つがあったと証言した。

 拉致が実行された東京のホテルグランドパレスの現場に実弾七発入りの拳銃や大型リュック、ロープが持ち込まれていたことも確認された。

 しかし、殺害は実現が難しいとして関係者の間には反対意見があったとの証言もあった。究明委は、拉致の実行後に殺害を狙った具体的な行為がなかったことなどを指摘し、事件が実行された段階では、拉致そのものが目的だったと断定した。

 こうした結論に対し、金大中氏を支持する市民団体は二十四日の記者会見で、金大中氏が究明委の調査に、「竜金号に乗せられた後、板に縛られ重しの石を付けられたが、飛行機の音が聞こえた後、中断された」と証言したことを取り上げ、「殺害中止は犯人グループの意思ではなく、米国側の緊急の(殺害中止)要請と、飛行物体の飛来のためだ」と反論した。

 一方、報告書は金大中氏救出のため日米両国が航空機を出動させた事実は確認できなかったとした。殺害意図をめぐる謎は、なお残された。
■朴大統領の指示 証拠資料「発見できず」

 朴大統領の関与について究明委は、指示を直接裏付ける証拠資料は発見できなかったとした。

 一方、李厚洛部長が拉致の実行について李哲熙(イ・チョルヒ)情報次長補から反対された際、「私がしたくてすると思うのか」と答えていた事実や、当時の駐日公使が「大統領の決裁を確認するまでは工作を遂行できない」と話したにもかかわらず、その後、協力したという証言を明記。

 このほか、政府が事件発生後、関係者を処罰せず、むしろ保護したという事実も確認。こうした状況を踏まえ「直接指示した可能性を排除できず、少なくとも暗黙の承認があったと判断される」と結論づけた。

 これに対し、金大中氏の支持団体は「調査内容を見ただけでも朴大統領が拉致事件を事前に指示した事実が明確になった」と指摘。大統領の指示の有無に関する報告書の結論が遠回しの表現にとどまったことに対して不満を表明した。