宮澤喜一『東京―ワシントンの密談』

宮澤喜一『東京―ワシントンの密談』中央公論社、1999年(初版 実業之日本社、1956年)
東京‐ワシントンの密談―シリーズ戦後史の証言・占領と講和〈1〉 (中公文庫)
 2007年6月に87歳でこの世を去った宮澤が、遡ること半世紀前に書いた回顧録が本書である。吉田政権が倒れ、比較的時間が経たない段階で、占領期から吉田政権末期の対米外交を詳細に振り返った本書は、占領戦後史研究の第一級の史料であるのみならず、その後も長い政治遍歴を経ることとなる宮澤の外交スタンスを窺うことができる貴重な書である。
 戦後史の生き証人ともいえる宮澤はこの後も回顧録や証言を多くに世に残すが、本書を越える回想はない。池田の側近であった宮澤は、吉田政権の終焉と反吉田派が最盛期を迎える中で不遇な時代を迎える。そうしたなか書かれた本書は、飾り気がなく、宮澤特有なシニカルな見方が余すことなく現れているからである。政界引退まで常に多忙な日々を送り続けた彼にとって本書を執筆していた日々は人生における凪であった。本書が刊行から四年後、池田勇人政権が成立することで宮澤は日本政界の中枢を歩み始めるが、より政治外交の重責を担ったであろう池田政権期以降について、宮澤は本書を越える詳細な記録を残していない。
 本書を一読して感じることは「吉田路線」と呼ばれる外交路線が定着する上での宮澤の果たした役割の大きさである。本書にあらわれる日本の対米外交は、まさしく後世「吉田路線」と呼ばれたそのものであるが、対中貿易に対する姿勢などを見ても、正確には吉田政権の時点で、既に吉田自身の外交構想からの微妙なずれがあることが窺える。本書を読むと、宮澤ら若手政治家達は、吉田から薫陶を受けながらも、吉田とは異なるスタンスで戦後外交を築き上げていったことがわかる。吉田と吉田路線の差異は、しばしば国内世論の圧力や吉田路線の継承者の政治スタンスに帰されることが多いが、宮澤のような経済に明るい「戦後世代」が、戦後初期の段階から巧みに吉田路線の定着に向けて道筋をつないでいった過程も見逃せない。