栗田直樹『緒方竹虎』

栗田直樹『緒方竹虎――情報組織の主宰者』吉川弘文館、1996年。
緒方竹虎―情報組織の主宰者

 リベラル政治家として名高い緒方であるが、現時点で緒方に関する最も手堅い実証研究である本書からは、こうしたイメージとは少し異なる緒方像を見ることができる。緒方は、清廉ではあったが、決して反骨のリベラリストではなかった。二十年以上という長期にわたって朝日新聞の「筆政」の座に君臨し、朝日の論陣を主導した緒方は、論説に外部からの介入を最後まで認めなかった反面、軍部と親密なつながりを持ち、右翼団体との癒着をも厭わなかった。中野正剛割腹事件の際に、東条首相からの献花を断ったという剛直なエピソードも軍部に抗したイメージと共に語られるが、ゾルゲ事件に次ぐ、中野事件におけるこの緒方の対応こそが、朝日内部の反緒方派の動きを加速させ、彼が実権のない副社長に祭り上げられる要因になったという。
 時流に沿った論調を展開し、小磯政権下において情報局総裁にあった緒方は、戦後、戦争協力者としての自己のイメージを払拭せねばならなかった。本書が示しているように、緒方は自著『人間中野正剛』において、ファシズムに迎合した中野と抗した自身を対比を過度に強調した。そしてそのことは中野の出身母体である東方会関係者からの反発を受けることとなる。緒方は政権の座に就くことなく急死したことから、しばしば期待願望を込めて、彼が生きていれば自民党政治は変わったかもしれないという議論される。ケネディ神話と似たようなものかもしれないが、私は、本書を一読して受けた印象は、緒方も、池田勇人佐藤栄作と何ら大差のない「政治家」であったという点である。