矢田喜美雄『謀殺下山事件』

矢田喜美雄『謀殺下山事件講談社、1973年
謀殺 下山事件 (新風舎文庫)

下山事件の取材を直接担当した朝日新聞記者が著した「謀殺説」の決定版ともいえる書物。近年、再び下山謀殺説をとるノンフィクションが数多く現れてきたが、矢田が長年に渡る取材を通じて入手した一次情報や証言は依然としてこれら謀殺論に欠かせない重要な位置づけにある。本書の圧巻の部分は、第九章「謀殺情報」に登場する米軍協力者や下山事件に関わった人物の証言である。CICの宮下栄二郎、讀賣記者の鑓水徹、そして下山総裁を現場に運んだという運び屋Sの証言は生々しく、真に迫るものがある。矢田が辿り着いた彼らの証言は果たして事実であるのか?また柴田哲孝がいうように1964年の時効直前に突如として現れた多くの新情報は事件の真相から遠ざける攪乱工作の一貫であったのか?人は重苦しい歴史の「真実」よりも、純粋な「事実」に強く惹きつけられる。ひたすらに下山事件をめぐる事実を追いかけ続けた異色の記者がまとめた集大成である本書は、初版から三十年以上たった書物でありながら、未だに怪しげな魅力を放っている。