有馬哲夫『日本テレビとCIA』

有馬哲夫『日本テレビとCIA』新潮社、2006年

日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」


 本書は、米国の反共通信網構築という観点から、日本テレビの成立を明らかにしたものである。著者は、丹念な史料調査を通じて、日本テレビが、正力松太郎吉田茂佐藤栄作鳩山一郎といった日本政界の有力政治家のみならず、マッカーサー率いる占領軍、キャッスルに代表される戦前以来の「オールド・ジャパン・ハンズ」、そして占領期直後において、未だ十分な力を有していなかったCIAなど。利益を求めて蠢く様々な人脈が絡み合うことによって成立したことを明らかにしている。

 こうした「利権」をめぐる闘争は、通常、近現代史の学術研究では敬遠されがちである。なぜなら、このような水面下の世界は史料が現存していないことが多く、学術的に耐える程の分析ができないことが多いからである。しかし、吉田対鳩山、三角大福中の権力抗争といった日本政治史上の権力闘争を、単なる人脈や政策の相違だけから理解ことは不十分である。その裏には必ず何らかの利権対立が存在していたといえる。その意味で、2000年代になって公開されたCIAを中心とする米国側史料を丹念に調査し、正史では語られない裏の歴史を明らかした本書は高く評価されよう。1950年代前半、共産主義の脅威が高まる中で、戦前以来の日本の保守勢力と、米国の政財官界との強力な紐帯の復活は、その後の日米関係の展開を考える上でも興味深い。

 本書の難点は、著者自身の推定と、一次史料から導き出された事実の区別がつきにくい点である。例えば、著者は、正力のマイクロ構想の情報をリークして潰そうとした真犯人を吉田茂としているが、具体的な証拠が示されているわけではない。さらに、著者は、史料に基づかない推測を前提に、新たな議論を展開するため、一層この真偽の見極めがつきにくくなる。これは書き方の問題もあるが、一般書であるとはいえ、より詳細な注釈をつける必要があったと思われる。

 また、著者は、吉田を再軍備反対派、鳩山グループ再軍備派として正力構想への姿勢を論じているが、これも実証しているわけではなく、日本政治史の知識から演繹的に解釈しているきらいがつよい。実際、1950年代前半の再軍備をめぐる両者の対立は、レトリックの域を出る者ではなかった。大嶽秀夫の研究が示すように、日本軍復活を目指す旧軍関係者の荒唐無稽な構想を除けば、鳩山グループ再軍備構想は曖昧で、日本の財政負担を強いる再軍備には反対する点では、吉田と共通する点も多かったといえる。

 とはいえ、本書が明らかにした日本テレビ成立秘史は、1950年代の日本政治を考える上で興味深い様々な示唆を含んでいる。本書の対象時期をずらせば、こうした人脈は1955年の保守合同に対してどのような影響を及ぼしたのかは今後明らかにする必要があろうし、アイゼンハワー政権下でようやく強大な権限が与えられたCIAが日本においてどのような活動を展開したのかも興味が沸いてくる。また本書に触れられている、労組が、吉田が、逓信省以来の余剰人員を引き継いだ電電公社の民営化に進むかもしれないと危惧していた件は、近年の下山事件柴田哲孝が論じる国鉄民営化構想との関連を彷彿とさせるものがある。本研究が切り開いた新たな日米関係史研究の進展を待ちたい。